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東京地方裁判所 昭和28年(ヨ)127号 判決

債権者 北沢国男

債務者 株式会社 松屋

一、主  文

債権者の申請を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

二、事  実

債権者は、「債務者会社は、昭和二十七年十月二十八日の取締役会の新株発行に関する決議に基き現に発行手続中の額面普通株式二百二十万株のうち、株主が引受権を有する二百万株を除く残り二十万株を発行してはならない。」との判決を求め、その理由として、

「一、債務者会社は、百貨店業を主たる目的とする資本の額五千万円、一株の金額五十円、発行済株式の総数百万株、発行する株式の総数四百万株の株式会社であり、債権者は十万六千三百株の株主である。

二、債務者会社の取締役会は、昭和二十七年十月二十八日、額面普通株式二百二十万株を発行し、そのうち、債務者会社定款第五条第二項本文の規定により、同年十二月二十五日、午後五時現在の株主に対し、所有株式一株につき新株二株の割合で新株引受権が与えられる二百万株を控除した残り二十万株は、同項但書の規定により、役員従業員に額面で新株引受権を与え、残余を公募すること、株式申込は株金に相当する金額を証拠金として払い込むものとし、その期間を昭和二十八年二月五日より同月二十日まで、右証拠金を株金の払込に振替充当してなす払込の期日を同年三月一日、申込取扱所を株式会社千代田銀行外十数行とすることを決議し、更に同年十二月十六日の取締役会で、株主に引受権が与えられる二百万株を除く残余の株式中、役員、従業員に引受権を与える株式は十五万株とし、役員全員及び従業員中昭和二十二年末日以前から引続き在職する者に限り引受権を与えること及びその余の五万株は公募することとし、その発行価額一株二百五十円で申請外山一証券株式会社(以下山一証券という。)にいわゆる買取引受をさせることが決議された。

三、右取締役会の決議に基く新株の発行中、株主に引受権が与えられる二百万株を除く残余の二十万株の発行は、著しく不公正なる方法又は価額による発行であつて、これによつて株主たる債権者が不利益を受ける虞がある。

1、役員、従業員に引受権が与えられる十五万株について。

(一)、債務者会社の定款第五条第二項には、「当会社の株主は昭和二十七年四月十六日開催の株主総会の決議に基き発行する株式については新株引受権を有する。但し、取締役会の決議をもつてその一割以内を公募し又は役員、従業員に与えることができる。」と規定されているが、右但書は所謂第三者の新株引受権を規定したものではない。即ち、

商法第百六十六条第一項第五号、第三百四十七条第二項によつて認められている第三者の新株引受権は、これを有する第三者が定款の規定によつて、あらかじめ特定されて居り、第三者が権利として会社に対して主張できるものであることが必要であると解されるところ、

(1)、右定款の規定は、債務者会社が一種の特典として役員、従業員に新株引受権を与えることができる旨を定めているのみであつて、役員、従業員が債務者会社に対し、権利として新株引受権を主張できるものとはしていない。したがつて、怖らくは、債務者会社としては、新株が発行される際、株主に対する場合と異り、役員、従業員に対し商法第二百八十条ノ五の規定による新株引受権の行使に関する催告をなすを要しないのである。

(2)、(イ)、右定款の規定は第三者として「役員、従業員」という定め方をしているのであるが、右規定のみでは到底第三者の特定があるものと見ることはできない。

(ロ)、仮りに、第三者の新株引受権を認めるに必要な特定の第三者という要件を「特定し得る第三者」の意味に解し得るとしても、商法が第三者の新株引受権を定款に規定することを要求しているのは、取締役会の恣意による引受権付与を防ぐためのものであるから、債務者会社のように従業員中昭和二十二年末日以前から引続き在職する者という風に取締役会の恣意的な決議によつて初めて第三者の範囲が特定するような場合を「特定し得る」という要件を満たすものとみることは許されない。

(ハ)、仮りに、「役員、従業員」と規定するのみで特定の要件は満たされていると考え得るものとしても、それならば債務者会社としては一定時の役員及び従業員の全員に新株を割当てなければならない筈である。ところが債務者会社は、従業員については、新株の割当てを受ける者を前記のように更にその一部の者に限定しているのであつて、債務者会社のこの矛盾した態度は、とりも直さず、「役員、従業員」というのみでは第三者を特定し得ないことを示しているものというべきである。

以上によつて明白な如く、債務者会社の右定款の規定は、商法に認められた第三者の新株引受権を定めたものとはいうことができず、右規定は、これとは別個に、債務者会社の役員、従業員に、債務者会社が新株を発行する際、場合によつては新株を引受ける機会を与えることがあることを規定したに過ぎないものと解さなければならない。

ところで債務者会社の前記取締役会において新株の発行が決議された当時債務者会社の株式の店頭気配は一株千円以上の価格を示していたのであるから、仮令二百二十万株の新株全部が株主に与えられることになつても、株主は喜んでこれを引受けることは明白であつて、何も好んで十五万株を役員、従業員に引受けさせる必要はないわけであり、また、役員、従業員が所謂新株引受権を有しない以上、これらの者に額面で新株を発行することは、新株発行条件の均等を要求している商法第二百八十条ノ三の規定に違反するものであつて、少くともその発行価額は公募株式の発行価額と同一に定められるべきものである。右十五万株の発行はその方法及び価額の点で著しく公正を欠くものといわなければならない。

(二)、仮りに右定款の規定が商法に所謂第三者の新株引受権を定めたものとして有効であり、従つて役員、従業員が新株引受権を有するものとしても、

(1)、新株発行条件の均等の除外例を定めた商法第二百八十条ノ三但書の規定に所謂「新株の引受権を有する者」とは、新株引受権の性質上、株主であつて新株の引受権を有する者に限られているものと解すべきものであるから、役員、従業員に新株引受権を与える場合、額面で新株を発行することは許されず、その発行価額は少くとも公募株の発行価額と同一でなければならない。従つて、債務者会社の右十五万株の新株発行はその方法及び価額の点で著しく公正を欠くものである。

(2)、役員、従業員に対する新株引受権の付与は、債務者会社の役員の不当な目的を達する手段としてなされたものである。即ち、

債務者会社の取締役古屋惣太郎は二百株、同人妻美代子は三百株、債務者会社代表者古屋徳兵衛妻千枝子は百二十五株、伯母美津は千二百五十株、取締役長谷川真喜雄は約千株の株式を、いずれも昭和二十七年十月前後に相当価格で売却処分し、かなりの利益を得ているのであるが、債務者会社の取締役会によつて新株発行の決議がなされた前後に取締役又はその近親によつて右のように株式が売却されていることから考えると、役員、従業員に対する新株十五万株の発行は、債務者会社の取締役が新株発行による株式値上りによる利益をうる為その持株の一部を売却した後においても、新株発行の前渡を通じ、なお同数の持株を維持しようとする不当の目的を達する手段としてなされたものというべきであつて、かかる新株の発行はその方法が著しく不公正なものといわなければならない。

(3)、債務者会社の取締役は取締役会の構成員として、役員としての第三者たる各自に対する額面での新株引受権の付与の決定に関与したのであるから、これは商法第二百五十四条ノ二に規定する取締役の忠実義務に違反するお手盛の割当として、それ自体著しく公正を欠くものというべきである。かかる事例はわが国においては慣例的に行われているものであるが慣例的に行われているということは何等不公正な行為を正当化する根拠とならない筈である。

(4)、株式会社による企業が永続することを目的とするものである以上、新株の発行、即ち資本の増加は無限に繰り返される可能性をもつているわけであるが、取締役員によつて構成される取締役会が、その決議によつて、取締役員に第三者としての株式の割当を行うことは、その取締役が株主である場合には、株式の二重の割当を行うこととなり、取締役たる株主は他の株主に比して特に有利な取扱を受けることとなる。右は取締役たる株主に対し株主総会における議決権の数を不当に増加して株主総会の支配を容易にし、又より多額の利益配当を約束することとなるから、定款の規定によらないで実質的な優先株の存在を認めることともなり、他の株主との関係において株主平等の原則に違反する結果となる。

役員に対する株式の割当は会社経営の功労に対するものであることは一応了解し得るところであるとしても、かかる功労は報酬又は賞与の増額によつて十分に報われ得るのであるから、これをもつて株主平等の原則に対する例外的取扱の根拠とすることはできない筈である。そうであつてみれば、かかる二重の割当を招来する右十五万株の新株発行は、その方法において著しく不公正なものといわなければならない。

2、公募株の五万株について。

(一)、前記の如く債務者会社が公募する五万株は、一応一株二百五十円の発行価額で山一証券が買取引受することとなつているが、実際はその七割に相当する三万五千株は、債務者会社と取引関係にある問屋筋に右金員で買い取られることとなつており、残余の一万五千株が公募されるにすぎない。従つて、右は公募に名を借りて、実は特定人に株式の割当をなすものであつて、著しく不公正な発行方法といわなければならない。

(二)、債務者会社の株式は現在権利落一株六百円で証券業者の店頭で売買されている。新株と権利落旧株とはさして相場の差異がないのが通常であるから、新株を発行価額で引受けた場合、引受人は一株につき三百五十円、五万株で合計百七十五万円の引受による利益を得ることとなり、債務者会社は同額の損害を被ることとなる。債務者会社の損失は、とりも直さず株主の損失であるから、公募に名を借りて株主の損失において特定人に右金額の利益を得させる右五万株の公募は明らかにその発行方法が不公正であるというべきである。

(三)、債務者会社の取締役会が新株発行を決議した昭和二十七年十月下旬における債務者会社の株式の店頭気配の平均は一株千四十一円強であつた。また、新株引受の権利を含んだ債務者会社の株式の最終価格たる昭和二十七年十二月二十四日の店頭気配は一株千三百十円であり、その翌日の権利落の価格は一株五百五十円であつた。従つて、債務者会社は公募株の発行価額を決定するに当つては、少くとも一株五百円以上に決定すべきものであつて、これを一株二百五十円と定めたのは発行価額が著しく不公正であるというべきである。

四、二十万株の発行により債権者の受ける不利益について。

右二十万株の発行により株主の受ける不利益については、すでに前述したところであるが、更に直接的な財産的損害を主張すれば次の通りである。

即ち、債務者会社は右二十万株の発行により役員、従業員割当分十五万株、一株五十円、計七百五十万円、公募分五万株、一株二百五十円、計千二百五十万円合計二千万円を取得することとなるが、公募分については、山一証券に対し一株につき十二円、計六十万円の公募手数料の支払を要するから、純収入は千九百四十万円にすぎない。

ところで、所謂新株の権利株は、現在一株六百円前後であつて、これを仮りに一株五百円としても、二十万株で一億円の価格となるわけであるが、債務者会社は右二十万株の発行により、僅かに二千万円を取得するのみで八千万円の利得を逸することとなるのであり、右利得の逸脱による損失は、とりも直さず新株発行に基く株主の損失に帰するから、株主は一株につき八十円の損失を被ることとなるわけである。これをもつてみても株主の不利益の著しいことは明白であつて、債権者は、債務者会社の発行済株式総数の十分の一以上の株式を所有しているから、八百万円以上の損失を被ることとなるのである。

五、債権者は、債務者会社に対し新株発行差止の訴訟を起す準備中であるが、本訴の進行中に新株を発行されると債権者は訴訟の目的を達することができないこととなり、更に別個の訴訟を起す外ないこととなる。よつて、本案判決の執行を保全するため本件仮処分申請に及んだ。」

と述べた。<立証省略>

債務者会社は主文第一項同旨の判決を求め、答弁として、

「債権者主張事実中一及び二の事実は認める。三の事実中債務者会社の定款第五条第二項の規定、債務者会社の株式の債権者主張の日時の店頭気配及び公募株五万株の山一証券の引受手数料がそれぞれ債権者主張の通りであること並に債務者会社の取締役等の株式処分の事実は認める。その他の事実は否認する。四、五の事実は否認する。

債権者主張の二百二十万株の新株発行は、すべて法令、定款の規定に従い適法になされるものであつて、その方法は不公正のものではなく、その価額も決して著しく不公正なものではない。即ち、

一、債務者会社定款第五条第二項但書の規定は、商法第三百四十七条に所謂「特定の第三者に対し新株引受権を与えるときはその旨」を定めた場合に該当するものであつて、取締役会が役員、従業員に新株を割り当てる旨の決議をしたときは、役員、従業員もまた株主と同様新株引受権を有することとなるわけであり、その反面、その範囲において定款の右規定の本文に定められた株主の新株引受権は排除されるわけである。

世上往々にして第三者の新株引受権の数的範囲、即ち発行し得る株式中の割合、換言すれば株主の新株引受権を排除する範囲が明確にされていない定款の規定が存在し、その有効、無効が論争されているが、債務者会社においては、第三者が新株引受権を有し得る範囲を定款において、授権資本の一割以内即ち三十万株以内とあらかじめ数的に制限しているのであるから、何等株主の利益を害するものではなく、これを無効とされる理由はない。

二、商法の規定する新株引受権を有する者とは、商法第百六十六条第一項第五号、第三百四十七条第二項の規定に基き、定款によつて新株引受権を与えられた者をいうのであつて、新株引受権の附与が定款の規定に基くものである限り、定款により直接与えられていると、更にその間に取締役会の決議を必要とする等間接に与えられているとは、これを問わないことは学説においても異論のないところであり、又債権者主張のように商法第二百八十条ノ三但書の規定の適用を株主たる新株引受権者に限る必要は何等存在しない。

三、債務者会社の取締役会は、今回の新株発行にあたり、新株の引受権を与うべき役員、従業員の具体的範囲について、更にこれを限定し、従業員については、昭和二十二年末日以前より引続き今日まで在職する者に限るものとしたのであるが、このように特定者中その範囲を更に取締役会で縮少することは何等その特定性に違反するものではなく、又これによつて右定款の「役員、従業員」という表示が特定性を欠くものとなるものでもない。

債務者会社の取締役会が新株引受権を与える従業員の範囲を限定したのは、債務者会社は戦争により銀座本店、浅草支店の主要なる二営業所が罹災し、戦後は右本店及び横浜の二支店を進駐軍に接収され、一時は解散の止むなきに至るかも知れないとまで考えられたのであるが、労資一体の協力によつて昭和二十一年十一月漸く銀座に現在の仮営業所を開設することができた。その後従業員は、同業百貨店の盛業を他所に、低い待遇に甘んじ、鋭意業務に励んで今日に至つて居り、債務者会社としても、昭和二十七年九月十日銀座本店の接収を解除されて漸く会社再建の方途を見出し得たので、今回の新株発行により得る資金をもつて右本店の改築工事を行うこととし、業績の飛躍的向上を期しているのであるが、この際特に昭和二十二年末日以前より引続き今日まで債務者会社に職を奉じ、苦楽を共にした従業員の労をねぎらい、更に今後の努力を要望するいみで、右従業員に限り新株引受権を与えることとしたのである。従つて、右について何等不公正な点はない。

四、債務者会社が公募株五万株の発行を決意したのは、債務者会社の今後の発展を期すると共に、引いては株主の利益に合致するものと考え、株式を上場株とするための第一段階的処置としてなしたことである。従つて、債権者主張のように公募株を問屋筋に割り当てることは考えておらないし、又その発行価額を一株二百五十円と定めたのはつぎのような事情によるものである。即ち、

債務者会社の株式は現在非上場株式であつて、所謂店頭売買により取引されているものであり、従つてその売買建値も上場株の如く比較的公正な株価取引が行われず、かつその取引に供される株式数も僅少であるため、買あさり等により価格の昂騰は避け難い状況にある。そこで債務者会社としては、まず取締役会が新株発行の決議をなした昭和二十七年十月を基準とし、その前後各一ケ月、合計三ケ月の店頭気配の平均価を算出し一株八百六円四十二銭という価格を得た。ついで新株は大体旧株式一株に対し二株の割合で発行されるのであるから、これを三で除して二百六十八円八十銭という価格を得、これを新株の一応の予想価格と考えた。

ところで新株の払込期日は昭和二十八年三月一日であるところ、昭和二十七年暮頃は一般に株式相場は天井と目されており、春の相場は下落に向うものとの観測が行われていたので、右事情を勘案して公募株の発行価額としては、一株二百五十円が相当であるとの結論を得たのである。

一方債務者会社は山一証券に対し、証券業者としての立場から独自にその発行価額を検討されたい旨依頼して置いたところ、右証券より一株二百五十円の発行価額が妥当である旨の回答に接し、期せずして両者の見解が一致したのでこれをもつて公募株の発行価額とすることに最終的決定をみたのである。

右の次第であるから、右発行価額は決して著しく不公正なものということはできないのであつて、昭和二十八年に入つてからの株価が、一般の予想を裏切り更に昂騰を続けており、債務者会社の新株の権利株も現在一株六百円前後の価格を示していることは債権者主張の通りであるけれども、この価格をもつて昭和二十七年十二月に定められた発行価額の妥当性を云々することは正しいものとはいえない筈である。

五、その他債権者の主張は、すべて独自の見解に立つて債務者会社を非難するものであつて、不当であることは明白であるから、本件仮処分申請はその本案請求権の存在に関する疏明のないものとして却下さるべきものである。

六、なお本件新株は昭和二十八年三月一日払込の予定であるが、債務者会社としては、銀座本店の改善整備を計画実施中であつて、右は同年五月完成開店の予定であるところ、これに要する資金総額五億二千八百万円のうち、一億一千万円を新株発行によつて賄う予定となつている。従つて万一本件仮処分申請により新株の発行を差止められるときは、資金計画に重大な齟齬を来し、営業の本拠である銀座本店の開店時期の遅延、その他著しい障碍を来し引いては債務者会社の信用そのものも重大な影響を受けるに至るのであつて、その損害はばく大なものに上り、右は債権者の主張する八百万円の損害の程度に比すべくもないのであるから、この点からみても本件仮処分申請は却下さるべきものと信ずる。」

と述べた。<立証省略>

三、理  由

一、債務者会社は、百貨店業を主たる目的とする資本の額五千万円、一株の金額五十円、発行済株式の総数百万株、発行する株式の総数四百万株の株式会社であり、債権者は十万六千三百株の株主であること、債務者会社の取締役会が昭和二十七年十月二十八日及び同年十二月十六日の二回にわたり、各債権者主張通りの条件の新株二百二十万株発行の決議をしたこと及び債務者会社の定款第五条第二項の規定が債権者主張の通りであることは当事者間に争がない。

二、債権者は、右取締役会の決議に基く新株の発行中株主に引受権が与えられる二百万株を除く残余の二十万株は、著しく不公正な方法又は価額による発行であると主張しているので以下これについて判断する。

1、債務者会社定款第五条第二項但書の規定は、商法に所謂第三者の新株引受権を定めたものにあたらないとの主張について。

株主以外の第三者の新株引受権に関する商法第三百四十七条第二項の規定は、措辞聊か適当でない点があるけれども、その趣旨は、主として、新株発行に際し役員、従業員、得意先等会社と特別の縁故ある者を会社の資本的発展の慶沢に浴させようとするにあることは、新法施行前の取引界における引受権付与の実情と今次商法改正の立法の経緯に徴し、疑をいれないところであるが、かかる措置は、株式の会社財産に対する割合を稀薄ならしめ、株主の利害に影響するところが少くない。殊に本件のように株主が原則として新株引受権を有することを定款において積極的に定めている場合には尚更である。そこで株主の立場からするならば、かかる場合には新株引受権で株主に帰属しない部分又は帰属しないであろう部分があるならば、予めそれを明白にしておく必要がある。しかるに本件では定款でこの点が明かに定められ、株主に帰属しないであろうことが予測せられる引受権は発行株式の一割以内であることとなつている。しかるに、法律は、更にこの部分のうち株主以外の第三者に引受権が与えられる場合の取締役会を組織する取締役による発行利益の壟断を抑制する為、特定の第三者に新株引受権を与えるときはその旨を定款に定めるべき旨規定しているけれども、元来右に掲げたような会社の特別の縁故者は、会社の発行する株式の総数(授権資本の枠)を決定する当時においてこれを特定しても、死亡その他資格の喪失によりその意義なきに帰することの少くないことが考えられるから必ずしもこれを何某というように特定する必要がないと解するのが相当である。けだし、取締役による発行利益の壟断の危惧は別に新株発行差止の請求等によりこれを排除する方法があるからである。ただ少くとも新株発行に際し引受権の帰属すべき者の範囲が容易に確定し得べき程度に明かでなければならないわけであるが、役員、従業員なる本件定款の定は、社会通念上その範囲を容易に確定しうべきものと解されるから、特定性の点に欠けるところがないといえるのである。

このような理由で引受権帰属者の特定が何某というように厳格でなくてもよいということになると引受権の帰属もまた固定的に決定した定め方でなくて取締役会は発行に際し定款所定の者に引受権を付与しうるというような定方で定めても前記法条の趣旨に副うものと解することができるのである。即ち第三者の新株引受権に関する定款の定は債権者の主張するように第三者の会社に対する権利の形において規定することは必ずしもこれを要しないのである。

右の次第であるから、債務者会社の定款第五条第二項但書の規定中第三者の引受権に関する定が商法第三百四十七条第二項の規定中第三者の引受権に関する事項を定めたものにあたらないことを前提とする主張はすべてこれを採用しない。

2、商法第二百八十条ノ三但書の規定は新株引受権を有する第三者には適用がない旨の債権者の主張について。

債権者は第三者が仮令新株引受権を有するとしても、商法第二百八十条ノ三但書の規定により一般発行価額より有利な価額で新株を引受ける権利はこれを有しないと主張するのであるが、商法の右法条には株主たると第三者たるとにより新株引受権の取扱に差等を設けた趣旨が認められないから、それが株主であると第三者であるとによつてその取扱を異にすることは考えていないものと解するのが相当である。この点に関する債権者の主張もまた独自の見解を述べるものであつて採用することはできない。

3、役員、従業員に対する新株の割当は債務者会社の役員の不当な目的を達する手段としてなされたものであるとの債権者の主張について。

この点に関し債権者が主張している債務者会社の取締役等の株式処分の事実はすべて債務者会社の認めるところであるけれども、この事実から直に債権者の主張するように債務者会社の役員に不当の目的を遂げる意思があつたものと認めることはできないし、その他全疏明によつても債権者主張の事実は認められないばかりか、却つて証人斎藤鎮雄の証言によれば、債務者会社の取締役会は、昭和二十七年十二月十六日、役員に対する新株引受権の付与として、代表取締役社長三千五百株、専務及び常務取締役二千五百株、常勤取締役二千株、非常勤取締役及び監査役千五百株合計二万三千株の引受権の付与を決定した事実が一応認められ、これによれば役員に対する引受権の付与として不当なものがあるとは到底認めることができない。債権者の主張は理由がない。

4、取締役員の忠実義務違反及び株式の二重割当による株主平等の原則違反に関する債権者の主張について。

債務者会社の右定款によれば、債務者会社の取締役は一面取締役会の構成員として新株引受権の付与を決定し、他面定款に定められた新株引受権を有する第三者たる役員として新株引受権の付与を受けるものであることは債権者主張の通りであるけれども、取締役の忠実義務違反の問題は具体的な事案に則して判断さるべきものと解されるところ、役員に対する新株の割当に関する前記認定の事実によれば、何等取締役の忠実義務違反の事実は認められないし、他に債権者の主張を認めさせるに足る疏明は存しない。

また、新株引受権を有する第三者と株主とは法律上全く別個の地位であつて、具体的に同一人が両者を兼併することは株主と役員又は従業員の兼併がありうる以上やむをえない。これによつて株主総会における議決権の分布状態が変動されることがあるとしても、それは第三者に新株引受権が与えられることの当然の結果に過ぎないのである。また、株主平等の原則は実は株式平等の原則であつて、持株数の如何に拘らず株主を平等に取扱うことを要求したものではないのであるから、これらの点に関する債権者の主張が理由のないことは明白である。

5、公募株に関する債権者の主張について。

債権者は公募株五万株について、実際に公募されるのは一万五千株であつて、その他は問屋筋に割当られることとなつていると主張しており、債権者本人訊問の結果によれば右事実を認め得るかのようであるが、これを後記証言に照らすときは直ちに右事実認定の疏明として十分なものということはできず他にこれを認めさせるに足る疏明はないばかりか却つて証人斎藤鎮雄、御子柴伊佐雄の証言によれば、債務者会社の今回の株式の公募は、将来債務者会社がその株式を証券市場に上場する準備の第一歩としてなされたものであるところ、債務者会社としては債権者主張のような希望を有していたことはあつたが結局右公募の趣旨に反するものとして、その希望は山一証券によつて容れられなかつた事実が疏明されるから、債権者の主張は理由がない。

次に債権者は債務者会社の決定した公募株式の発行価額は著しく不公正であると主張しているのでこの点について判断するに、証人斎藤鎮雄の証言によれば、債務者会社としては株式の発行価額を決定するに当つては株主の利益を守り、しかも発行価額決定後新株払込期日までの経済界の変動によつて新株主に不利益を来すことのないようとの二つの観点から、慎重に研究を進めて一株二百五十円を妥当と考えるに至つたが、一方証券業者としての専門的立場からの意見を求めていた山一証券の回答もまた一株二百五十円が妥当である旨の意見であつたので、ここに昭和二十七年十二月十六日の取締役会において、その旨の決議がなされた事実を知ることができ、更に証人御子柴伊佐雄の証言によれば、山一証券が債務者会社の公募株の発行価額を一株二百五十円が適当である旨の回答をなしたのは、つぎのような経過によるものであることを知ることができる。即ち、

(一)、山一証券としては、第一段として、債務者会社の株式の時価から新株の一応の目標値を算出することに努めた。ところで、株式が上場されている場合はそこに現われる株価は一応公正なる価格を示すものと考え得るのであるが、債務者会社の株式は非上場の店頭取引銘柄であり、かかる非上場株式は発行済株式数が少いとか又は浮動株が少いとかの理由によつて上場されていないものであるから、所謂店頭気配そのものを直ちに時価と認めることはかえつて公正を欠くこととなる。そこでかかる時価によつて株価を認定する危険性を少くするため、昭和二十七年九月乃至十一月の三ケ月の株価の平均を求め、これによつて一株八百十一円四十二銭を得たので、これを一応の時価と認めた。さて、債務者会社の新株の発行は発行済株式総数百万株に対する二百二十万株であつて、その内二百万株は株主に対し一対二の割合で額面で引き受けさせられるのであるから、右時価に額面の二倍に当る百円を加え、これを三で除し、所謂権利落後の株価として一株三百三円強の価格を算出した。ところで、新株と親株の株価は、配当の関係から十円乃至十五円の開きを見せるのが通常であるから、右によりこれを修正し、親株は一株三百十五円、新株は三百円に生れるのが妥当であるとして新株の一応の目標値を出したのである。

(二)、つぎに第二段として、つぎの条件を勘案して更に右価格を修正した。即ち、(イ) 債務者会社の現在の一株当の純資産額は百七十四円であること、(ロ) 百貨店営業一般が天井と目され、横ばいの状況にあることに債務者会社は終戦以来昭和二十七年九月まで、銀座本店営業所を接収されており、その間かなり長い間空白状態があるから今回の新株発行による増資が直ちに収益に帰するかどうかは疑問であること、(ハ) 株式の一般市況の見通は、昭和二十七年暮において相当高価に買進まれているので、昭和二十八年一、二月には必ず株価訂正のための反動落が来るものと見込まれていたこと、(ニ) 昭和二十八年三月には合計二百七十億に上る増額が予想されており、これが必ず市場を圧迫するものと考えられたこと、(ホ) 発行価額の決定から新株払込までの間に二ケ月以上の隔りがあるから、その間の危険負担を考慮しなければならないこと、(ヘ) 公募を盛況裡に完了させる営業政策上の必要を考慮しなければならないこと等を勘案し、前記一株三百円の目標値は二百五十円と修正されるのが最も妥当であると結論するに至つたのである。

三、そうであつてみれば、特別の事情のない限り、右の如くにして定められた発行価額はこれを適正なものであるとは直ちに判断し得ないまでも、著しく不公正なものと見ることができないものであるといわなければならない。債務者会社の株式の価格は、その後、現実においては、債務者会社及び山一証券の予想をある程度裏切り、順次上昇を続け、昭和二十八年二月二日現在において、一株六百円前後を示していることは当事者間に争のないところであるけれども、株式の発行価額の適否は、発行価額を決定した当時の状況において判断する外ないものと解せられるから、右事実をもつて発行価額の当不当を判定することはできないし、他に右認定を覆し一株二百五十円の発行価額を著しく不公正と認めさせるに足る疏明は存在しない。

四、右の次第であるから、他に主張疏明のない本件では債務者会社の本件新株の発行はその方法及び価額の点について何等著しく不公正なものは存在しないものといわなければならない。従つて、債権者の主張は本案請求権の存在に関する疏明を欠くものであつて、保証をもつて疏明に代えるべき性質のものではないからその他の点について判断するまでもなく失当として却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 小川善吉 岡田辰雄 矢口洪一)

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